「見えない手に・・・」

忘れな草の水色を滲ませた、夕暮れ

前の空。

ときどき、急に何かを思い出したよ

うに、吹いてくる突風。

あのひともわたしも、言葉を失って

いた。五分前に会えた。でも五分後

に迫っている。別れを前にして。

記憶の中ではすでに一万回、

いいえそれ以上、幾度も幾度も

重ねてきた―――たった一度

だけの―――わたしたちのキス。

繰り返し、繰り返し、すり切れる

まで再生しても、決して古びる

ことのない記憶。

思い出すたびに、胸の奥から湧

き出してくる情熱の息吹。それを

感じるたびに、わたしは無条件で、

愛を信じることができる。

わたしの唇に、あのひとの温かな

唇が触れた、その刹那。

それは、わたしの中でもうひとり

のわたしが生まれ、わたしのもう

ひとつの人生が始まった瞬間だった。